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ポッさんの読書散歩

読書はきっかけ。そして動きだす。日常とつながる読書日記。ときどき雑記。

『追想五断章』米澤穂信【ミステリー小説】リドルストーリー。

【目次】


今日も、いつものようにお風呂に浸かりながら、読書をしていた。読んでいたその本は、米澤穂信さんの『追想五断章』。少しのめり込み過ぎたようで、軽くのぼせてしまった。

つまり、この小説は、それほどに面白かったということだ。


湯温が、普段より少しだけ高かったという事実が、本当は主な理由になったということは、あまり大きな声では言わないでおく。

リドルストーリー


さて。みなさまはご存知だろうか。

「リドルストーリー」という言葉を。

特にミステリー好きの人は、もちろん。といったところだろうけど、僕は知らなかった。なんの難しいことはないのだけど。

リドルは「謎」。つまり謎物語ということ。

謎は謎のまま。読者に結末を委ねる。そんな物語のことを、リドルストーリーと言うらしい。

ひとつ勉強になった。

まあ、この世の中は、ほぼリドルストーリーで出来ているのではないか、とも思うけども。

僕にも、結末を曖昧にしたままの物語が一つや二つある。誰に委ねるということでもないが。というか、僕の知らないところで結末を迎えているのだから、何も知り得ないというのが正しいのかな。

まず自分のことは置いておこう。笑

大人なミステリー


この、米澤穂信さんの『追想五断章』という小説は、ある男が書いた5つのリドルストーリーを探し、過去に起こったある事件の結末を知ろうとする女性、そしてその手助けをする、ある男性の物語。

ある。が多い。笑

ある男は女性の父親で、ある男性は古本屋を営む叔父のもとで居候している青年。

その古本屋に、最初の一編が見つかる。そこから物語は連なっていく。

なんだか、大人なミステリーだった。

米澤穂信さんの小説は、読んだ中で言えば『氷菓』などの古典部シリーズだったり、『ボトルネック』だったり、青春小説とも言える作品が多いような印象が強かった。

多いというか、そういうものが得意なのかなという印象か。

まあ、色々読んでいるうちに、なんでも書ける人なのではないかと思い始めているけども。

今回の『追想五断章』も、米澤穂信さんの小説特有の儚さや灰色感は存在しつつも、また違う魅力があった。

ミステリー初心者な僕は、いわゆるその定石だのなんだのは分からないけど、この人のアイデアはいつも面白いなと思う。

説得力に欠けるけども。笑

というか、いつも小説の中にいくつも、実際に存在するミステリー小説の作家さんの名前や、そのタイトルなどが出てくるのだけど、それが分からないのが悔しい。

知っていたら、もっと楽しめるはずなのに。などと思う。偶に知っている小説が出てくると、素直に嬉しい。勉強したくなるよね。

米澤穂信さんの次はあるか


まあまず、米澤穂信全作読破。これをしっかり達成してから考えることにしよう。

少し目移りしかけていたところだったけど、今回の『追想五断章』で引き戻されたような気がする。これは良かった。

飽きっぽい僕も、ここまで続けてくれば、なんだか辞めづらいのも事実。笑

何かに依存したり、深くハマったりすることがあまりない僕にとって、こうやって同じ作家さんの小説を読み続けるという行為は新鮮だ。

そして、思いの外、良いものだなと思い始めている。

もしかしたら、米澤穂信さんの次もあるかも知れない。

ただ、急に飽きるのが僕の癖であるというところが怖い。ふと気づいたら、アレだけ楽しんでやっていたのに、もう忘れているということがままある。

そこら辺には十分に気をつけながら、引き続き、読み進めていこうと思う。

まあね。内緒でちょっとだけ、違う小説も読んだりもしてるんだけど。別に誰に咎められるわけでもなし。

結末は読者には委ねないぞ。自分で決めるのだ。



米澤穂信さんの小説オススメ↓

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『儚い羊たちの祝宴』米澤穂信【ミステリー小説】読後の自分の表情を確認してほしい。

【目次】


今日の仕事も無事終わり。本を読んでばかりもいられない。働かなくてはならないのだ。

とは言いつつも、休憩中にも本を読む。タイマーをセットして読む。そして、その音にびっくりする。どきどきする。怖かったのだ。その本の内容が。

ということで、米澤穂信ミステリー6冊目を読了。

短編集『儚い羊たちの祝宴』を読んだ。

ミステリーっていうよりホラー


気持ちよく晴れた空の下で読むような本ではなかった。笑

かと言って、夜に一人で読むのもどうか。僕は怖いのは苦手だ。ミステリーは好きだと思うけれど、ホラーは嫌いだ。

そう。この小説はなんというか、ホラーだった。その辺の境目は曖昧だけれども、要するに僕はそう感じたということだ。

基本的にジャンルというものには拘らないけれども、やはり得手不得手はある。誰だってそうだとは思う。

ホラーは嫌いだ、とは言った。が、この小説は嫌いではない。矛盾しているようだけれども、そうなのだから仕方がない。

ただ、そこら辺が米澤穂信さんの小説の素敵なところなのではないかと思う。バランス感覚が優れているのだと勝手に解釈している。

黒いんだけれど、思わず笑ってしまうような。ブラックユーモアというか。こういったものが好きな僕には、米澤穂信さんの書く小説は、やはり合うのだと思う。

まあ、先日読んだ『ボトルネック』は合わなかったけれど。

そりゃ、全てが合うなんてことはあり得ないだろうからね、そこは別に気にしない。ただ、最初に読まなくて良かったとは思う。最初に『ボトルネック』を読んでいたら、米澤穂信月間など、考えもしなかっただろう。

結局のところ、今回の『儚い羊たちの祝宴』も僕には合った。

黒すぎて、こんなの本当にあったら笑えないのだけれど、まあそこは小説の中の世界で、離れたところから見ていられるので、笑うこともできる。なんというブラックジョークだ。などと、逃げることもできる。

入り込みすぎたら危なかった。今日のよく晴れた空に感謝しておく。

最後に黒い事実


この小説は5つの短編から成っている。連作短編というわけではないけれど、ある共通項があり、そこも微妙に作用し合っていて、楽しめる。

大どんでん返しというほどではないのだけれど、短編一つ一つの最後に黒ーい事実が。ふわっと。

5つの中から、僕のオススメを一つ挙げるとすれば、「玉野五十鈴の誉れ」かな。

これはちょっと残酷な気もするけれど、最後を読んだ瞬間の自分の顔は、きっと複雑な笑みを浮かべていたに違いない。

まあ、この話に限らず、全ての短編の最後を読んだ時には、大体そんな表情をしていたのだとも思う。

ああ。色々思い出してきた。そしてなんだか、書いているうちに、また読みたくなってきたのは気のせいだろうか。笑

でも、もう夜だしやめておく。太陽の下でなければ、僕はこの小説を読むことはできない。そんなわけはないが、まず次の小説を読み始めることにしよう。


今回読んだ、米澤穂信さんの『儚い羊たちの祝宴』。


もし気になったのなら読んでみてほしいなと思う。きっと僕と同じような表情が、その自分の顔に浮かんでくるのを実感するだろう。


まあ、確認する術はないが。



米澤穂信さんの小説オススメ↓

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『さよなら妖精』米澤穂信【ミステリー小説】語彙力。

【目次】



会者定離。

本来は、『生者必滅会者定離』で、一つの意味を成すらしい。

まあ、別にどっちでもいいけれど。出会えばいつか別れもくるのだ。だから一つ一つの出会いを大切に。なんて思ったことは特には無い。

大体、別れた後に気づく。そんなものだ。そしてそれは意外と簡単に忘れさられる。そんなものだ。

それでいいのかもしれない。けれども、偶に思い出してみるのも、いいのかもしれない。

そう。なんというか、まさに今、その「偶に」が。つまりは、そんな小説を読んだのだ。米澤穂信さんの小説『さよなら妖精』だ。

この小説は良かった。他人はどうか知らないけれど、僕は好きだ。

さらっと内容


主人公は高校生。ある日、異国の地からやってきた少女と出会う。そして二ヶ月後、少女は自分の国へと帰っていく。

少女は何処の国へ帰ったのか。記憶の中から、その謎を解き明かす。

何故、主人公は、少女が何処の国へ帰ったのかを考えなければならなかったのか。それが、読み進めると段々と分かってくる。そして何故それを、少女は言わなかったのか。

まあ、そんな出会いと別れのミステリー。

それくらいにしておいて。

語彙力


会話にこのようなものがあった。

合縁奇縁。女と女の出会いに使うのはおかしいけれど、この二ヶ月はちょっと異なもの味なものだったわ。それでもやっぱり会者定離。わたしもまだ、愛別離苦を苦諦できるほど人間できてないみたいね。

まあ、高校生の言葉とは思えない。笑

というか、僕は、この歳になってもこのような会話などしたことはない。僕の語彙力不足は否めない。

でも本を読むことで、こういった言葉たちと出会うことが出来たりもする。読書の効用というやつの一つだろう。

そして、その言葉をブログに書くということで、それを覚えるということが出来たりもするのかもしれない。などと考えて、会者定離という言葉を書き始めに使ってみた次第。

人だけではないのかもしれないな。出会いとは。言葉もそうなのだ。

ということは、別れはいずれやってくる。会者定離。この言葉も多分僕の中から消え去るのだろう。意外と簡単に。いや、それではいけない。

言葉を知るということは、その言葉を使うということだ。意味を知っているだけでは意味がない。のかもしれない。

やはり、いいなと思った言葉や言い回しなどは、どんどん使っていかないと身にはつかないのだろうなと、思う。

いやはや、もう少しまともな文章が書けるようになりたいものだねえ。

と、完全に話は逸れていったけれども、逸れたついでに思ったのは、米澤穂信さんの小説には、僕の好みの言葉や言い回しが多いなということだ。

きっと、そういうところが嫌いだという人もいるという気もするけれども、気にしないことにする。

僕の一番身近な人が、多分そうではないかという気がするが。笑

今度勧めてみようかな。


ともあれ、米澤穂信月間。まずまず順調というところか。さてと、次はあれを読むよ。


小説も出会いか。ということは。。


しつこい。書きゃいいってものでもない。



米澤穂信さんのその他の小説↓


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『ボトルネック』米澤穂信【ミステリー小説】流れに逆らう強い意志。

【目次】

僕はパクチーが好きだ。そして昨日、ついにベランダのプランターに苗を植えた。

一ヶ月と待たずとも、収穫できるようになるらしい。楽しみだ。隣のミニトマトも大分育ってきている。そろそろ花が咲きそうだ。

自分で育てたパクチーを堪能できるその日までに、僕は読み終わっているだろうか。米澤穂信さんの全ての作品を。

別に読み終わらずとも、パクチーが食べられるのであれば、それでいいのだけれど、まあ、できることなら気持ち良くその日を迎えたいものである。

何だかどうでもいい話をしてしまったけれども、つまりあれだ。一冊読み終わったよ、ということだ。

米澤穂信さんの『ボトルネック』読了。

感想

正直なところを言えば、この小説はあまり僕の好みではなかった。

米澤穂信さんは、「若さ」というものの不安定さや、その翳りの部分を上手に表現する作家さんだと、僕は思う。

この小説も例に漏れず。ただ、その表現に依りすぎている感じがあった。まあ、そういうつもりで書いたのだろうとは思うけれど。

こういうのも書けるのか。と、その作風の幅広さに驚いたし、そもそも素晴らしい小説だとも思う。

ただ、好みではなかった。それだけだ。

もう少しフラットな状態で読めば、また違ったんだろうな。少なからず先入観があったように思う。

タイミングが大事

読む時期、タイミングは本当に大事なのだ。中々難しいところだけれど、やはり、読みたいと思った時に、その気持ちに素直に従って読む。これが一番だと僕は思っている。

読書したいと思わないのなら、する必要はないけれど、したいのならすぐにしたほうがいい。

流れを塞きとめるようなこと。つまり『ボトルネック』は、なるべく早めに排除したほうがいい。

僕は、流されてばかりだが。笑

でも。流れ流され、パクチーがボトルネックに繋がったので良し。

さらっと内容

この小説『ボトルネック』の主人公は、自分の存在しない世界というものを体験する。所謂パラレルワールドというもの。

そちらの世界では、現実の自分が存在する世界と、何処がどう違っているのか。

もし、自分が存在しないことで、よりよい世界、自分が望んでも叶わなかった世界がそこに在るとしたら。

骨組みはそんな感じ。そこに他の登場人物たちの存在が絡み合う。

主人公は高校生だけれど、そんな若さというものを抜きにしたとしても、そのような体験は耐え難いだろうなという気がする。

そんな主人公の言葉にこのようなものがあった。

流されるだけの人間に、そんな強い思いは抱き得ない。絶対に、だ。

あ。これはもしかして僕のことか?と思ってしまったのは言うまでもない。笑

悔しいが、確かに。とも思わざるを得ない。

いや。そのようなことはない。ということを証明してみせる。絶対に。ではないが。

早々にボトルネックを排除してしまい、逆らうことなく流され続けてきた僕にも、強い意志というものを持つことができるのだ。

なんとしてでも、米澤穂信さんの作品は全部読まなくてはならない。

意志。というより意地か、これでは。笑

まあ、いいか。次は何を読もうかな。

なんだかんだと言って、楽しんでいる自分もいるようだ。

米澤穂信さんの小説は、パクチーのようにクセになる。無理やり。




米澤穂信さんの、その他の作品↓

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ポ。

『犬はどこだ』米澤穂信【ミステリー小説】

【目次】

ミステリー月間。ということにしたわけだけれども、僕はミステリー小説にハマってしまったというよりも、米澤穂信さんの小説にハマってしまったというほうが正しいかもしれない。

もはや、米澤穂信月間ということにしてしまおうかというところだ。

まあ、今月中とは言わないけれども、とりあえず発表された米澤穂信さんの作品を全て読んでみたいと思っている。

僕は、結構な気分屋で飽きっぽい性格なので、普段は流れに身を任せ、読む本は選ぶたちだけれど、たまにはこういうのもいいかなと思う。

そもそも皆は、どのように読む本を選んでいるのだろう。気になるところではある。

広く浅い僕の読書遍歴。いや。広くもない。1人の作家さんの本を、これでもかと深く読みこむようなタイプの人に対する、憧れのような気持ちがあるような気もする。

これは読書だけではない。音楽やスポーツなどに関してもそうで、何でもかんでもとりあえず手を出して、さらりと体験して、また別の所へ。

何だかなぁ。と、度々感じてはいた。

だから、今回は。今度こそは。ということでは全くない。ただの後付けの動機である。お許しを。

さらっと内容


ということで、米澤穂信さんの『犬はどこだ』という小説を読んだ。

犬捜し。これを主な業務内容とするつもりで、開業した調査事務所だったのだけれど、舞い込んだ依頼は、失踪人捜しと古文書解読。

依頼人も違う、この別々の2つの依頼を、主人公とその助手がそれぞれ請け負い、調査していく。

それをその2人それぞれの視点で、章立てて進んでいく。そして段々とそれらが。。

主人公と助手。それぞれ一人称で書かれているから面白い。ミステリー小説ではよくある手法なのだろうか。


さておき。

お気に入りはハンペー


僕が気に入ったのは助手。ハンペー。

ハードボイルド探偵に憧れを抱く若者。そのベタなイメージと、担当することになった調査内容とのギャップに落胆しつつも、無難に業務をこなす。

登場した時は、なんだか軽そうなやつだな。くらいのイメージだったけれども。意外と。

まあ、人を見た目で判断してはいけない。見てはいないが。笑

そんな意外とデキる男だったハンペー。そのハンペーの言葉にこんなものがあった。

俺はあらゆることに半可通であり、どんな分野においても半端者だ。大抵のことはわざわざ教わるでもなくこなせたため、それ以上の深入りをすることはなかった。
だからだろう。過去、実に23年間、こうした体験をしたことがなかったのは。
つまり、知識が認識を変えるという体験を。


前半部分は、ブログの最初で書いた自分の話と共通する。半可通で半端者。ぐさり。

そして。知識が認識を変える。頭では理解しているつもりでも、そこに至るまでの深入りをしなければ、体験出来ないものだろうと思う。

浅い知識では、認識を変えるに至らないだろうということだ。

アインシュタインは、『常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクション』と言った。その頑丈な殻を壊すには、深い知識が必要なのだろうと思う。

だから僕は、1人の作家さんの小説を深く読み込もうと決めたのだ。


というわけでもない。そう。これも後付け。今、書きながら思いついた。

結局言いたいのは


そんな、流れに身を任せっぱなしの僕に、他に流れることなく、米澤穂信さんの小説を全て読むなんてことが出来るだろうか。


とは言うが。


そこまで真剣に考えているわけでもないんだけれど。笑

結局、面白いから読むのであって、無理をしてまで読むわけではないからさ。

だからさ。何だかんだと書いたけれど、つまりは何が言いたいかって。米澤穂信さんの小説は面白いよ。っていうことが言いたいだけなのだ。いやホント。

読んだことがない人で、もし興味があるようなら読んでみてほしいなと思う。


つまらないお話にお付き合いいただいて感謝。



次は『ボトルネック』という小説を読んでいる。

さて。どこまで続けることが出来るかな。


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『氷菓』米澤穂信【ミステリー小説】好奇心に素直に。

【目次】


今月はミステリー月間。気まぐれでそう決まった。


とりあえずミステリー小説を中心に読もうと思う。もう月の中間地点を過ぎたけれど。笑

まあそんな区切りはどうでもいい。結局読みたいものを読むのだけれど、何だか、このまま自分がミステリー小説に汲々となっていく未来が見えなくもない。

いや未来など分からない。分からないから、今に集中する。そう前回のブログに書いた。


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つまり、とりあえず近い未来に、まだ僕はミステリー小説にハマっているだろうという予想が、現実となるか否か。それを検証する期間にするということなのだろう。人ごとのように言う。


まあ、途中でやめても誰に咎められるということもない。自由だ。そう。これがブログというものだ。

ブログのネタ

読む人のことなど気にしてはいけない。気にしていたら本当に思っていることなど書けやしない。などと言うが、僕も少しだけ気にする。あまり気にしてはいけない。というくらいにしておく。

ブログのネタがない。そんな言葉を目にするけれども、無いなんてことがあるだろうか。この未知だらけの世界に住んでいながら。

きっと何か自分の型にはめ込んで、考え過ぎているに違いない。自由型なのにみなクロールで泳ぐ。

負けたくないのだ。何にか知らんが。

まあ、人のことは言えない。自分もそうだし、沼に足を取られ、気付いたら深みにハマっていることもある。

好奇心

さて。何の話だっけ。

そう。未知の世界。そこら中に沢山ネタは転がっている。気付くか気付かないかは、その人の好奇心にかかっている。

今回読んだ、米澤穂信さんの『氷菓』という小説には、強い好奇心を持った女の子が登場する。そして、その好奇心が、よくある日常を謎たらしめ、他人を、そして自分を動かしていく。

「私、気になります。」

これが彼女の決め台詞だ。素晴らしい。美しい。

人が動き出すには、この好奇心というものが必要不可欠なのだ。

子供の頃は好奇心いっぱいだった。それがいつの間にか、薄くなっていることに気付く。欲を抑え込んで生きてきた代償に、それは薄れてきたのだろう。

見たい。聞きたい。知りたい。

この欲に、もっと素直に接しなければならないと思うのだ。意識しなければ、それが出来ないほど、忘れかけていたことだけれども、ブログを書くようになって、少し取り戻せているような気もする。

まあ、知らないほうがいい、ということもあるのも事実だけれど。

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若いっていい

何だかんだと書いてきたけれど、結局。何というか、若さに対する嫉妬かもしれない。と、ふと思う。


この、米澤穂信さんの『氷菓』という小説は学園ミステリーで、登場人物はほとんどが高校生だ。


やはり若いっていいなあ。と思う気持ちがあったのは確かである。そして、まあ、若さ故の好奇心だろう。などど言い聞かせてたところもある。多分悔しかったのだ。

だから、僕は、まだまだ好奇心を忘れていないと対抗したのだ。一冊の小説の中の一人の高校生に。

あ。一冊ではない。

これはシリーズもので、現在も続いているようだし、2冊目の『愚者のエンドロール』も『氷菓』に引き続き、読了済。

もともとライトノベルとして発表されたようで、アニメ化もされているようだし、漫画にもなっているようだ。

兎にも角にも、次を早く読みたい。



何がいいって、人が死なないのがいい。

未来は予知できるか。【ミステリー小説】こわれもの/浦賀和宏

【目次】



浦賀和宏さんの小説、「こわれもの」を読んだ。

先日読んだ、「ifの悲劇」の作者さん。


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結構前に発表された作品だけれども、たまたま立ち寄った古本屋さんで見つけ、購入。

もし、「ifの悲劇」を読んでいなかったら。そんなことを考える日は来ないだろうと、ブログに書いたのだけれど、意外とすぐにやってきた。笑

もし読んでいなかったら、目にとまらなかったかもしれない。

というか、あまりミステリーは読まないとも書いた気がするのだけれど、最近はどうも、ミステリーばかり読んでいる。

もともと雑食で、その時の気分で何でも読むので、まあ、そのうち気がついたら違う種類の本を読んでいるだろうと思う。笑

何にしろ、とにかくその時に読みたいと思った本を、気持ちに逆らわず読むスタイルは変わることはない。周りの目など、気にしない。とは言い切らないでおく。気になる時もある。

僕はこれからどんな本を読むのだろうか。誰にもわからない。多分。

いや。もしかしたら分かる人がいるのかもしれない。未来を予知できる人間が存在するとしたら。可能性は無きにしも非ず。というか僕はいるのではないかと思う。

未来が見えたら


既視感。デジャブ。これは、一瞬先の未来が見えている現象らしい。昔聞いた覚えがある。うろ覚えだけれども。

じゃぁ、もう少し先も見えそうではないか。安易すぎるか。笑

ただ。もし未来が見えて、その運命を決して変えられないのだとしたら。その未来が、自分にとって最悪の結果(人によって様々あると思うけれど)だとしたら。

どう足掻いても、結果は決して変わらない。逃げることもできない。どうするか。考えただけで恐ろしい。

こんなことを考えたことなど、一度も無かったけれど、今回、浦賀和宏さんの「こわれもの」を読んで、初めて考えさせられた。

そう。この小説には、未来を予知できる人間が登場するのだ。

特に考えさせられたのは、最後の1ページ。

僕ならどうしただろうか。そのような状況になることなど、あり得ないと思ってはいても、考えずにはいられなかった。答えは出ないままだけれど。

これから先、多分、この場面をふと思い出し、また考えることがあるのだろうと思う。

ん。何となく未来が見えたのは気のせいか。気のせいだろう。

今からどうするか


未来など分からなくていい。でも、出来る限り良い未来が来ることを願っている。いや。願っているだけではいけないか。

そうだ。作中にこんな言葉があった。

現在は過去の総和によって決定され、未来は現在の総和によって決定される。


過去にどんな失敗をしていようとも、今からの行いで未来は変えられるかもしれない。

現状維持が一番つまらない。そう自分に言い聞かせて、行動していきたい。

まあ。言うのは簡単だ。

でも、このブログを残しておけば、また見ることもあるだろう。見れば思い出すということもある。

というか、別にこのような事を書きたかったわけではない。ブログを書いていると、いつも話が勝手に逸れていく。

やはり未来など分からない。

読んだ本



最後の二転三転の展開は、息が詰まった。予想していたところに行ったかと思いきや、また違う展開。あ、やっぱり。と思ったら、また新たな展開へ。

面白かった。

浦賀和宏さんの小説、もっと読んでみようと思う。


ポ。